日下無双の生みの親、村重酒造の杜氏が語るお酒造りのスピリッツ

こんにちはaiです。

日本一大きな杉玉がある山口県岩国市の村重酒造での企業取材で、運良く杜氏さんにも取材できました。

お話しを伺うと、酒造りのみならず、仕事に対する姿勢や人間性に大きく感銘を受けました。普通のサラリーマンとして働いているaiも人生観が変わっちゃうような魅力的なお人柄。そうときたらaiは黙っちゃあいられません。

村重酒造にはこんなに大きな杉玉があります。村重酒造株式会社について、岩国の観光情報について、こちらのブログに書いています↓↓↓
『新たな観光名所?金冠黒松で有名な岩国の村重酒造に日本一の杉玉あり』と合わせて読んでくださいね。

酒蔵の顔であり酒造りの最高責任者である「杜氏」

昔から冬場に酒蔵に集まってくる人たちのことを蔵人(くらびと)と呼びます。蔵人は農家が多く、米作りが終った閑散期に出稼ぎとして酒蔵にやって来ました。蔵人の中でも酒造りにおける最高責任者のことを杜氏(とうじ)と言います。 現代でも各蔵に杜氏が一人存在します。今回ありがたいことに村重酒造株式会社杜氏の日下(ひのした)信次さんにお話しを伺うことができました。

Tシャツ姿

「杜氏」と言うと、作務衣を着ている。高齢。寡黙で真面目。頑固。日本酒しか飲まない。という勝手なイメージを持っていました。 そんな期待をよそに、足取り軽やかにTシャツ姿で現れた日下さん。aiの妄想はガラガラと崩れることに。

まず肌がキレイでお若い(50代ですが40代に見えます)。TBSテレビ「SASUKE」に出たこともあるという厚い胸板の持ち主。饒舌で情熱的、目ヂカラがハンパないです。人の心を掴む天性の才能の持ち主で、aiは途中何度も「弟子にしてください!」と言いたいのをこらえました。

広島出身で野球が得意。カープが大好きで、マツダスタジアムにも応援に行くそう。カープ観戦では解説をしながら見るのが楽しいのだとか。

タイミングを見極める杜氏の仕事

村重酒造杜氏 日下信次さん

 「酵母にとって心地良い環境を作る為、ストレスを与えない為に早めに対処する。そのタイミングを見極めるのが杜氏の仕事」と日下さんは言います。酵母は20~25℃でどんどん増殖します。けれど強くはありません。弱いものは淘汰され、強いモノだけが生き残ります。酵母を鍛え、強いDNAだけを選定していくんです。

自分がちょっと寒いなと思ったら温めてやり、暑いと思えば冷やしてあげる。ちょっと寒くなったら子どもに布団を掛けてやるのと一緒なんです。酵母の心地良い環境作りに大切なのは温度だけではなく、湿度も重要です。人が肌で感じる温度や湿度を常に感じとれるように神経を研ぎ澄ましています。

この後増殖した酵母は自分の作りだしたアルコールによって死滅します。最後、絞る時期の見極めも重要なポイント。いいタイミングで絞ると美味しいお酒に、早すぎたり遅すぎたりすると「老香(ひねか)」という劣化した匂いや、「雑味(ざつみ)」という苦味が出るのだそうです。

大手メーカーのように設備が充実しているわけではありません。逆に今ある設備を最大限利用し自分たちにしかできない最高の酒を造りたい。そのためには温度や湿度を肌で感じたり、機械の敏感な音の違いに気付くのが重要なんです。なので五感を鍛え、感性を鍛えています。

豆知識
酒蔵見学の時気になったこの言葉「納豆を食べてる方がいたら良くない」。納豆菌が麹米に繁殖すると、スベリ麹と呼ばれるヌルヌルした納豆のような麹になってしまうのだそう。仕込みの時期に納豆は食さないというのは昔の人から伝えられた蔵人あるあるみたいです。

村重酒造杜氏が語る「和釀良酒 」のこころ

若くして杜氏に上りつめた日下さん―成功の裏側

日下さんは広島生まれの広島育ち。営業職を経て、20歳の若さで広島県の大手酒造メーカーで修行。若くして上りつめていきます。年上の蔵人を押しのけて行くのですから風当たりは強かったと言います。しかし慕ってくれる後輩が一人いました。彼が心の支えとなり、がんばることができました。出る杭が打たれるなら打てなくなるま出てやろうと奮起し、その後「千代の春酒造」にて、当時業界最年少、若干28歳の杜氏となりました。当時、一般的に杜氏になるまで、蔵人になって20年かかると言われていました。

このお話しを聞いてびっくり。実はaiは「千代の春酒造」があった広島県東広島の志和町出身。志和町は広島県の中でも自然豊かな盆地で冬は極寒で仕込み水も凍るほどだったそう。aiがまだ娘時代に同じ場所におられたことに胸熱でした。

その後岩国の村重酒造でもう一度蔵人として一からスタートし、杜氏に就任し今日に至ります。日下さんはこれまでの経験で「和釀良酒(わじょうりょうしゅ)の大切さがわかった」と悟ります。この言葉はみんなが和を持ってつくらないといい酒にならないという意味です。お酒は人とつくるものだから和を大切にして、これからもいいチームを作っていきたい。と語ってくださいました。

過酷じゃない?楽しそうな蔵人の共同生活

蔵人は生きている酵母をお世話するため、夜間もつきっきりです。蔵入りして春になるまで、約6ヵ月間家には帰らず、蔵で共同生活をするんです。日下さんは20歳から今まで32年間ずーっとこの生活を送ってきました。

ご家族も酒造りに集中しているのを知っているのでよっぽどのことが無い限り連絡してこないんだとか。本当に本当につらかった20歳の一年目の泊まり込みの後、実家に帰った時に両親から「ごくろうさま」と言われ、涙が出たことを今でも忘れられないと語ります。

半年間生活を共にするのは、正直長いです。若い蔵人とも信頼関係を築いて行く為にコミュニケーションを大切にしています。夜の食事時にはビールや焼酎、ワイン等飲み放題にしているそう(日本酒以外も飲んでオッケーみたいですねホッとしました(笑))。その時に酒の話しやいろんな話しをして親睦をはかるようにしています。誕生日祝いもしますし、クリスマスには家に帰れないので、家族が酒蔵にやってきてパーティーもしているそうです。

全盛期で仕事を引き継ぎたい

次世代の金冠黒松を担う若い世代に、最高の技術と、日本酒の伝統を受け継いでもらいたい。そのためにも、自分は早く引退したいんです。と日下さんは語ってくれました。若くして杜氏に上りつめた自分だからこそ、若い芽を摘みたくない。自分が持てる最高のパフォーマンスを引き継いで欲しいので、全盛期で引退をしたい。「自分も師匠から見守られていたというのが、今になってわかります。大切なことを伝えていきたい」とおっしゃったのが印象的でした。

「毎年自分に負けない仕事を」酒造りにかけた杜氏の想い

「日下無双(ひのしたむそう)」という杜氏の日下さんの名前が入ったお酒は、「いいものを造る」と毎年自分に課し、この名に恥じない仕事をしたい。という熱い想いが込められています。「お酒造りは、真心込めて手間暇を掛けるほど、想いを伝えることができるんです。それをこのお酒で表したい」と、なんとラベルのデザインまでご自身で作られました。

「日下無双」のかっこいい文字は日下さんの書。なんという素晴らしいセンスでしょうか。その他のラベルも書くこともあるのだそう。書家としても生きていけそうな腕前です。

 

 

蔵人や杜氏さんとお話しできる

ずーっと冬の間蔵に籠りきりなので、外部との情報交換は意義があると考えられているそうで、村重酒造では、お酒に興味がある方、杜氏や蔵人と話してみたい方、事前に予約の連絡をすればお話しを聞いたり、一緒にお酒を呑んだりできるそうなんです。最大5人まで泊まれる部屋があるらしいです(空きがあれば泊まれるらしいです)。まずは電話してみてくださいね。

 

 

おわりに

岩国には何度も遊びに来ているのですが、村重酒造の大きな杉玉は知りませんでした。杉玉を作った村重酒造はどんな企業なのかを取材し感じたことは、地域のつながりを大切にし、地域の方に支えられ愛されている企業なんだなということ。取材中も直売所にご近所(と思われる)の方がお酒を買いに来られていました。

酒造りの仕事って遠い世界のことだと思っていましたが、どの業界でも通じるところがあると思いました。誰にも負けず、自分にも負けない製品を作りつづけるというスピリッツ。どんな状況でもポジティブな方向へ持っていく考え方。その高い志と、技術を次の世代に伝承していきたいという想い。印刷会社で働くai一行も感銘を受け大変勉強になりました。

バイタリティ溢れる日下さんの話しはとっても楽しかったです。aiは失礼ながら日本酒について何も知らずにお話ししたのですが、わかりやすく教えてくださいました。お酒がどうやってできるのか?あまり考えもせず生きてきましたが、多くの手間暇がかかって真心が込められているものと知ることができました。お酒のみならず、全てのものに感謝してありがたく頂きたいと思っています。

村重酒造株式会社の高本さん、杜氏の日下さん、お忙しい中すてきなお話しありがとうございました。

  

杜氏データ

名  前 日下信次(ひのしたしんじ)
生年月日 昭和40年11月18日
趣味・特技 野球、身体を鍛える、年賀状250枚全部手描き(1ヵ月以上かかる)
好きなカープ選手 前田智則 鈴木誠也

元広島カープの前田智徳選手が達成した2000本安打の瞬間を激写されたそうです。なぜかシャッターが遅く落ちてしまうカメラ(笑)で撮影。タイミングが奇跡的に合い撮影できた一枚。やっぱり日下さんは何か持ってますね!安芸ん堂にくださいました。ありがとうございます。社内で飾っています。

 

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